レター 2023年 冬号
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3掲載されました。20世紀初頭に誕生したいくつもの前アヴァンギャルド衛芸術の中でも際立って派手なこのデビューの仕掛け人は、イタリアの詩人マリネッティ。宣言は新世紀の機械文明とスピードとダイナミズムを賛美し、過去の伝統に属するあらゆるものを否定する過激なもので、それは社会的にも文化的にも遅滞気味だったイタリアに投じられた爆弾ともいえるものでしたが、この時点では宣言だけが先行し、肝心の未来派絵画はまだ実現していません。まもなく数人の若い画家たちが呼応し、その中にダンディな28歳の青年ボッチョーニの姿がありました。この幅3メートルに及ぶ大作は未来派絵画の最も早い作例のひとつとされています。赤と青を基調にした強烈な色彩とまばゆい光の渦の中から、前景には巨大な赤い馬、おそらくは荷車を引く馬ですが、それを必死に御そうとする男の姿が浮かび上がります。その左手にも白馬と男が、さらに背後にも馬は見え隠れしています。それらは一頭の馬の動きを異なる複数の視点から同時的に表現したものと解することができます。背景には建設中のビル、工場の煙突からは煙が盛んに噴き上がっています。画家はそのころミラノに住んでおり、この急速に発展する郊外の工業地区の情景は馴染み深いものでした。当初画家はこの絵に「労働」というタイトルを考えていました。それにしても機械文明を賛美する先端的な未来派の絵に、なぜ古典的なモチーフとさえいえる馬が中心に描かれているのか。動物の中でも、馬の躍動する生命感とその美しい姿態は格別の存在として多くの画家を魅了してきました。ロマン派ではドラクロワとジェリコーが、同時代ではドイツ表現派「青騎士」のフランツ・マルクがこの動物を偏愛した画家として知られており、ボッチョーニもその一人に加えることができます。一方では1870、80年代に米仏でそれぞれ高速度の連続写真が開発され、人間の視覚では捉えられない馬のギャロップの瞬間の写真などが同時代の画家に影響を与えましたが、この新技術の成果に深い関心を寄せたのは未来派の画家たちでした。ここでは馬は疾走する機関車のように、新時代のスピード感と強大なエネルギーを象徴するものとして表されています。画家はこの絵で細長いやや曲線的な筆タッチ触を用いています。これは分割主義といって、新印象派のスーラが用いた、絵具を混合せずにカンヴァスを色彩の斑点で埋めていく点描法と原理的には共通しているのですが、スーラの緻密な点描が静せい謐ひつなイメージをもたらすのに対し、この絵の曲線的な筆触は流動感や時には情念の震えを表すのに適しています。画面全体がひとつの生命を帯びた流動体と化しているかのようです。馬も人もその中に呑み込まれ、色彩と光が渦を巻き、その渦はつむじ風のごとく、またその風に揺れ動く炎のようでもあり、さらに洪水の暴力的な水流をも連想させます。ボッチョーニはその後、キュビスムの影響を受けるとともに、あらたに彫刻でも純粋な運動性を探究しました。やがて第一次世界大戦の勃発で未来派は挙げて参戦論を唱え、彼も従軍しました。そして1916年、演習中に落馬の事故が原因で急逝、わずか33歳でした。あたかも彼が信奉した未来主義のように、スピードとダイナミズムをもって短い人生を駆け抜けていったのです。1909年の2月下旬、パリの有力紙「ル・フィガロ」に「未来主義宣言」が大々的に

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